B1-浦島太郎復元試行


B1-浦島太郎復元試行

Block diagram 行政機関等
丹後国風土記にいう。
与謝郡日置里この里に筒川村がある。
古代丹後王国 神明山古墳 
ここに住む人物で、日下部首らの先祖、
名を筒川嶼子という。日部神社
♡TV 京丹後市100名山
太鼓山 筒川の源流

筒川水系
人となりは、容姿すぐれ、風雅で並ぶ者
がいなかった。いわゆる水江の浦嶼子
ある。
これは、旧宰・伊預部馬養連が記した内
容と一致している。
よって、その由来のあらましを述べる。
長谷朝倉宮で天下を治めた天皇の御代、
嶼子は一人で小舟に乗り、海に出て釣り
をした。♡TV 浦島太郎補完集

浦島太郎は、毎日つりざおをかついでは
海へ出かけていたが、途中とちゅう、子
どもが五、六人あつまって、かめの子を
一ぴきつかまえて、棒ぼうでつついたり
、石でたたいたり、いじめている。浦島
は見かねて、とめたが、子どもたちは聞
き入れようともしないで、お金を出して
売ってもらい海へはなしてやった。

亀を海に放してから、さっきの場所に戻ると
砂の上にお金が残されていた 子供たちは亀
をいじめていたのではなく、別の理由があっ
たのかも知れない ♡TV 
その後三日三夜を経ても一匹の魚も釣れ
ず、ついに五色の亀を得た。
不思議に思い、船中に置いて眠ったとこ
ろ、忽ち婦人となった。
その姿は美しく、比べるものがなかった。
嶼子が問うた。
「ここは人家も遠く、海には人もいない。
どうして突然現れたのか。」女は微笑んで
答えた。
「風雅の士が独り大海に漕ぎ出ている。
親しく語りたいと思い、風雲に乗って来
ました。」
嶼子がさらに問うた。
「風雲とはどこから来たのか。」
女は答えた。「私は天上の仙家の者です。
どうか疑わないでください。あなたと契り
を結びたいのです。」
ここで嶼子は神女であると知り、疑いを
鎮めた。
別の話

次の日、海へ出て釣をしようと思へば遠
くの海上に小船一艘浮んでいる。怪訝な
想い出で見ていると、美しい女性が只ひ
とり波にゆられて、次第に太郎が立って
居る所へ舟を著けた。浦島太郎は女性に
聞いてみた。「貴女はどの様な人なのです
か、何が起こるか解らない恐ろしい海上
に、女の身只一人舟に乘っていらっしゃ
った。」と申し上げれば、その女性が言
には、「訳を申し上げるとある方へ舟を出
して欲しいと頼むと丁度その時は、浪風
荒くして、人が多数海の中へ飲み込まれ
る事態が在り無理と言う答えだったが、
見かねた心ある人が居て、私を小舟に載
せて放してくれた。心細く思ひながら鬼の
島へ行くような思いで、海の道も知らな
いのだけれど、只貴方に逢いたい会いた
い思いでやって来ました。此の世ならぬ
前世の御縁に違いありません。波風さえ
も舟の進む道をよけて下さいました。」
と言って涙にくれるのであった。。これを
聞いた浦島太郎は、さすがに人の心をも
たない岩や木ではないので、可哀そうだ
と思ひ舟の綱をとって引きよせた。

さて女性が語る事には、「無情にも小舟と
もども元の場所へ帰れとおっしゃるので
すか、ここで棄てられてしまうのですか、
私は何處へ行けば良いのでしょうでしょ
う。どうかおっしゃって下さい。棄てる
とおっしゃるなら、どうぞ棄てて下さい。
海の上での物思いも貴方の側での物思い
も同じ事なんだから。」と必死の形相でか
き口説きながら泣いているので、浦島太
郎も可哀そうと思い、女性の小舟に乘り、
沖の方へ漕ぎ出した。浦島太郎は女性の
指図に従い、その後十日あまりの海の道
中を送り、女性の故里へと著いた。

さて浦島太郎は舟より上陸し、どの様な
所と思へば、城には白銀しろがねの築地
が造られ、黄金の甍をならべ、門もんを
たて、いかなる天上の住居すまひも、こ
れには勝てようにもない。此の女性の住
まいは詞に表すことができない、試みる
ことさえ愚かなことである。さて女性の
おっしゃることには、「一樹の陰に宿り、
一河の流れの水を汲むことも、皆これ多
少の縁であり前の世からの因縁です。ま
してや、はるかに遠い波路を遙々と日時
を送らせ給ふ事は、間違いなく前世の縁
深いこと並々ならぬことで、思う患うこ
となく、私と貴方はと夫婦の契りを結ぶ
べきでしょうと告げ、寝食を共にし夫婦
の契を深めるのです。」と口説きあげた。
浦島太郎が乙姫に申し上げるには、「兎
も角も仰せに從います。」と申し上げる。

別の話
女性は言った。
「私の願いは、天地とともに尽きることな
く、日月とともに極まること。
なのに、あなたはなぜ早くも別れを口にす
るのですか。」嶼子は答えた。
「他に言うことはない。何を恐れよう。」
女は言った。
「では、船を返して蓬山へ参りましょう。」
嶼子は従った。
女は目を閉じるように教えた。
すると、いつの間にか海中の大きな島に着
いた。その地は玉を敷きつめたようであった。
宮殿や楼閣は光り輝き、
目にも見たことがなく、耳にも聞いたことが
ない世界であった。
手を携えて歩き、大きな邸の門に至る。
女は「ここで待っていてください」と言い、
中へ入った。
すると七人の童子が来て言った。
「これは亀比売の夫だ。」
また八人の童子が来て言った。
「これは亀比売の夫だ。」
ここで女の名が亀比売であると知る。
嶼子が童子のことを尋ねると、
女は言った。
「七人は昴星、八人は畢星です。怪しむこと
はありません。」
女は前に立ち導いて奥へ進む。
父母が迎え、礼をして座についた。
ここで人間界と仙都の違いを語り合い、
人と神が偶然に出会った喜びを語った。
多くの珍味が供され、
兄弟姉妹は杯を挙げて酬い、
隣の里の若い娘たちは笑顔で戯れ、
仙人の歌は澄み渡り、神々の舞はゆるやか
に続いた。
その宴の楽しさは人間界の万倍であった。
夕暮れを知らぬほどであったが、
黄昏になると仙人たちは退き、
女だけが残り、肩を並べ袖を重ね、夫婦
となった。こうして嶼子は旧俗を離れ、
仙都で三年を過ごした。

やがて故郷を思う心が起こり、
両親を恋い慕うようになった。
女は尋ねた。
「最近あなたの様子がいつもと違う。
どうかその思いを聞かせてください。」
嶼子は答えた。
「昔の人は言いました。
小人は故郷を思う。死んだ狐は丘に
向かって頭を向ける、と。
空言と思っていたが、今は本当だと知った
女は言った。
「帰りたいのですか。」
嶼子は答えた。
「しばし故郷に帰り、両親を拝みたい。」
女は涙を拭いて嘆いた。
「私たちは万歳を誓ったのに、なぜ郷里
を恋い慕うのですか。」
互いに悲しみ、ついに別れの道に至る。
父母や親族も涙ながらに見送った。
女は玉匣を取り、嶼子に授けて言った。
「決して私を忘れず、恋しくなっても、
固く握って、決して開けてはなりません。」
舟に分かれて乗り、目を閉じると、
忽ち筒川郷に着いた。
村を眺めると、人も家も変わり、面影は
なかった。郷人に尋ねると、
「水江の浦嶼子は三百年以上前の人だ」
と言う。嶼子は打ちひしがれ、
一月余りを過ごした後、
玉匣を撫でて神女を思い、
ついに約束を忘れて開いてしまう。
すると芳香ある気が風雲とともに天に
舞い上がった。
嶼子は約束を破ったことを悟り、再会は
叶わぬと知り、涙を流して立ち尽くした。

『日本書紀』記載
豊玉姫(乙姫)は海神(豊玉姫の父)の宮にやって
きた火折尊(浦島)と結婚し、火折尊はその宮に3
年間住んだが、火折尊は故郷のことをおもって
なげいた。
乙姫は一緒に来た浦島太郎と結婚し3年間住んだ
が浦島が故郷の事を思って嘆き悲しんでいると
聞いた
豊玉姫は、自らの父である海神に
天孫悽然として数(しばしば)歎きたまう。
蓋し土(くに)を懐(おも)いたまうの憂えあり
てか」と言った。海神は火折尊に助言を与え、
故郷に帰した。
乙姫の父親は浦島に助言を与え、故郷に帰した
乙姫は父親に浦島は寂し気に度々嘆き悲しんで
いる 故郷を思い出しての嘆きだと思うと父親
に述べた
海神は火折尊に助言を与え、故郷に帰した。

帰ろうとする火折尊に、豊玉姫は「妾(やっこ)
已に娠めり。当に産まんとき久しからじ。妾必
ず風濤急峻の日を以て海浜に出で到らん。請う
我が為に産室を作りて相い持ちたまえ」と言った。

「筒川嶼子 水江浦島子」という項目に記述がある。
「天上仙家」や「蓬山」が出てくるなど中国渡来の
神仙思想が窺える。「水江浦島子」が童話に出てく
浦島太郎であるが、彼は日下部首の一人である。
筒川の里、日下部首等の先祖に姿容秀美の筒川嶼子
という者、即ち水江浦島子がいた。伊豫部馬養連の
記したところのものを述べる。

と前置きした上で、長谷朝倉宮御宇天皇(雄略天皇
の御世、浦島子は小舟に乗り釣りに出た。三日三晩の
間一匹の魚も釣れなかったが五色の亀だけ得る。奇異
に思ったが眠っている間に亀は比べることもなき美麗
な婦人と為った。女娘は問答の中「天上仙家之人也」
と己を語る。彼女が眠るように命じ浦島子が目覚める
と、不意の間に海中の大きな島に至っていた。館の門
に入ると七人の童子、八人の童子が迎えるが彼らはそ
れぞれ「すばるぼし」(プレアデス)と「あめふりぼし」
ヒヤデス)だという。女娘は父母と共に迎え、歓待
の合間に人界と仙都の別を説く。館に留まること三年
経ち、浦島子は郷里の事を思い出し、神仙之堺に居る
よりも俗世に還ることを希望する。女娘は別れを悲し
みながらも、玉匣(たまくしげ)を渡し「戻ってくる気な
らゆめゆめ開けるなかれ」と忠告する。帰り着いて辺り
が変わっているので郷の者に聞くと、浦島子は蒼海に出
たまま帰らなかったということにされていた。玉匣を開
くと風雲に翩飛けるような変化が起き、浦島子は涙に
(むせ)び徘徊し、歌を詠む……
常世邊に 雲立ち渡る 水江の 浦嶋の子が 
言持ち渡る
神女遙飛,芳音で歌いて曰く:
倭邊に 風吹き上げて 雲離れ 退き居り共よ
 我を忘らすな
浦嶼子:
子等に戀ひ 朝戸を開き 我が居れば 常世の
濱の 波の音聞こゆ
後世の人歌いて曰く:
水江の 浦嶋の子が 玉匣 開けず有りせば復も
會はましを
常世邊に 雲立ち渡る 多由女 雲は繼がめど
 我そ悲しき

別の書『古事談』では、「淳和天皇御宇天長二年(825年)

乙巳。丹後国与佐郡人水江浦島子。此年乗松船。到故郷」

と記され、そのことから帰還まで350年程度経ったと推定

される。出発時の雄略天皇の代がいつなのか確定しがたい

が、他の浦島伝説での共通点も踏まえ現世では館での3年

より遙かに長い時間が流れていたと伝えられることは確実

なようである。







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